明治時代の妖怪一覧

明治時代の大きな変化といえば、明治維新後推し進められた欧化政策で、西洋の著作が多数流入したことにより、日本の妖怪の物語に、西洋の物語のイメージを重ねた作品が増えたことが挙げられるでしょう。

 

例えば三遊亭圓朝による古典落語の演目に「死神」がありますが、これは日本のオリジナルではなく、イタリア歌劇「靴直クリスピノ」、グリム童話「死神の名付け親」などの話を脚色したものと考えられています。(日本オリジナルの死神といえば、江戸時代の奇談集「絵本百物語」に出てくる「死神」が代表的です。)

 

また小説家の泉鏡花は、1913年(大正2年)に『夜叉ヶ池』(やしゃがいけ)という戯曲を発表しますが、これは過去彼が翻訳したゲアハルト・ハウプトマンの『沈鐘』の影響を受け作られたものと考えられています。

 

 

明治時代に刊行された妖怪の資料

新形三十六怪撰

登場する妖怪:茨木童子、疱瘡神、鵺

 

「新形三十六怪撰」(しんけいさんじゅうろっかいせん)は、浮世絵絵師の月岡芳年による妖怪画の連作です。当時流行していた怪談話に基づいた「36の怪」を描いた作品です。1889年(明治22年)に刊行が開始され、1892年(明治25年)に完結しました。
妖怪主題の作品を多数創作してきた作者ですが、彼の晩年に描かれた本作はその集大成とされています。妖怪や霊よりもそれを見る人間にフォーカスを当てているのが特徴的です。

 

怪談

登場する妖怪:雪女、ろくろ首

 

怪談(かいだん)は1904年に出版された小泉八雲著作の怪奇文学作品集です。雪女、ろくろ首、耳なし芳一などの話が収録されています。耳なし芳一はこの作品で取り上げられ有名になりました。
ちなみに小泉八雲さんはギリシャ生まれ。1890年に英語教師として島根県松江に移住し、1896年に日本国籍を取得した方です。日本で小泉セツさんと結婚し、彼女から日本の伝承や不思議な物語を聞くうちに怪談を描くようになったそうです。

 

遠野物語

登場する妖怪:天狗、河童、座敷童子、雪女

 

「遠野物語」は、岩手県遠野地方に伝わる逸話や伝承、世間話などをまとめた説話集です。民族学者の柳田國男が明治43年(1910年)に発表しました。遠野出身の佐々木喜善が語った遠野の話を、柳田が聞き、それを小説のような文体でまとめたものです。妖怪「座敷童」や奇談「マヨヒガ」は遠野物語の発表により有名になりました。

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